所 浩史(ところ ひろし)

株式会社 菓子道 代表取締役 クレーム カラメリエ
岐阜の小さなお菓子屋さん「プルシック」オーナーシェフ


1960年10月

 
岐阜市生まれ
小学校3年生から習い始めた剣道では、数々の優勝経験を持つ。小学校6年生の時、日本武道館で開催された世界大会に日本代表として出場。中学校1年時に日米親善剣道大会に出場し団体優勝。高校1年時には、アメリカ建国200年記念日米親善剣道大会出場のため日本代表としてハワイに遠征。岐阜県立長良高校時代は、念願の国体出場を果たす。剣道四段。
パティシエの父を持ち、家業が洋菓子店と言う環境から、幼い頃からスイーツに囲まれて育ち、将来は家業を継ぐ予定でパティシエの修行の道へ。

1982年〜

 
修行時代
22歳の時に東京・南青山ヨックモックに入社。
その後、都内数店の洋菓子店で研鑽を積み、ヨーロッパ研修も行う。27歳の時、実家の洋菓子店が閉店。店を継ぐ道が閉ざされ、一時期は北軽井沢のペンションで働いていた経験もある。


1991年

 
チタカ・インターナショナル・フーズ株式会社入社
パステルのほか、とんかつ知多家、ケンタッキーフライドチキンやミスタードーナツなどのFC店舗も展開する東海の外食産業大手企業に入社。


1993年

 
パステルなめらかプリン開発・商品化

入社2年目33歳の時、パスタに合うリーズナブルなデザートを作りたいと言う思いから、なめらかプリンを開発し、商品化。当初5年間は全く売れず、時には「焼けていない」と言うクレームを受ける事さえあった。1998年、テレビの情報番組で有名タレントが商品を紹介。以降、人気に火がつき、芸能人の好きな差し入れスイーツなどとして、様々なメディアで紹介されることに。1999年に発行された「non-no」3月号では、当時爆発的人気を誇った広末涼子さんの好きなスイーツとして紹介され、さらに大ブレイク。最大時は年間約2700万個、年商約80億円の販売量を誇る超人気商品へと成長した。2000年発行の「casaブルータス」1/10号では、世界的な著名パティシエ、ピエール・エルメ氏から最高ランクの評価をもらったうえ、一言「ボン!(おいしい!)」と言わしめた。
また、所 浩史個人も「なめらかプリン生みの親」として、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌で多数取り上げられ、それまでのプリンは“固いもの”という常識を破り、“なめらかなもの”という考え方を広く消費者に浸透させ、全国レベルのパティシエとして知名度を獲得。芸能人、アーティスト、文化人、政治家にも「所ファン」が多い。

チタカ・インターナショナル・フーズ(株)在籍時の2002年7月より2008年の退社までの約6年間は、取締役としてパステルデザートファクトリー本部長、パステル商品開発室長を歴任。


2008年2月

 
スイーツマジック設立
ネット専門販売の極上プリン専門店「スイーツマジック」を有志と設立。
「黒ラベル」「赤ラベル」と言う1個600円の高級プリンは、年間20万個以上の売上を達成し、最大3か月待ちの話題商品となる。


2009年9月

 
スイーツマジック退社


2009年10月

 
株式会社 菓子道 設立
自らの「菓子道魂」と「開拓者魂」に火が付き、設立。様々な企業のオリジナルプリン開発を手掛ける。代表作は、サガミチェーン様の「そば茶プリン」、山形清川屋様の「だだっ子プリン」、牧歌の里様の「郡上の美味しくて濃いプリン」など。また、パステルのすべてのデザート工場開発に携わった経験を生かし、品質向上のための生産性向上をモットーに、コメダ珈琲様はじめ、モスフードサービス様など、様々な企業のコンサルティングにも関わる。そしてライフワークである「家庭でできる、なめらかプリン教室」や「親子で楽しく作るプリン教室」を開催し、独自の「食育」の普及に努める。


2009年12月

 
ZIP−FM様とのコラボ
名古屋のFMラジオ局「ZIP-FM」のオンラインショップ「ZIP STORE」で、受注生産の限定手作りスイーツ「所プリン」「所ロール」を販売開始。(平成22年末販売終了)


2010年9月7日

 
プルシック オープン
念願であった岐阜の小さなお菓子屋さん「プルシック」を岐阜市琴塚にオープン。菓子職人として新たなスタートラインに立ち、今までにない新境地のお菓子屋さんに挑戦中!


現職

 
岐阜県洋菓子協会理事
岐阜グルマン会常任理事
名古屋製菓専門学校非常勤講師
内海会会員
クラブ・ドゥ・ガレット・デ・ロワ会員
カルバドス会会員